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Goddemn! ―神の魔法と償い―


B.G.M. 回想−紅い空へ− 素材提供元:beyond
BGMファイルが再生できませんでした



―0―


ここは魔法文化の町、メタリア。
「魔法文化の町」という名が意味するように、この町は魔法が栄えていることで有名だ。

物質変化、肉体治癒、金属錬成、薬品調合などなど、ありとあらゆる魔法がこの町に集うと言われている。
そして、様々な人間が様々な理由で――難病を治したい、誰にでも効く媚薬を、といった感じである――この町を訪れる。
たった今立派な城門をくぐった若者二人も、そんな理由を抱えてきたのである。

――ただし、目的が果たされるとは限らないが。


―1―


メタリアの入り口に、重厚な城門がある。この町を訪ねる者が、すべからく通る門。
そこを、赤毛と黒髪の若者が通っていった。

「うおー、すっげえなー」

赤毛の方は城門をくぐるなり、感嘆の声をあげた。そして、そんな子供じみた赤毛を

「静かにしてろ。みっともない」

と黒髪がたしなめた。
確かに、赤毛の彼――名をレイザーと言う――が驚くのも無理はない。
何しろ門の正面はすぐに商店街となっており、立ち並ぶ店には色とりどりの小瓶、何かの目玉や臓物(薬の材料だろう)、金属製の小物など、
大の大人でも興味を惹かれてしまいそうな商品が数限りなくあるのだから。

「いつまで油を売っている気だ。さっさと行くぞ」

「っておい!ちょっとぐらい観光させろよ!」

しかし、魔法使いである黒髪の男――名はダンテである――にとっては、薬の材料や魔法製の道具などは見慣れた物なのだろう。
そして、彼がそれらの品々に見向きもしなかった理由がもう一つある。

「お前は、早くこの忌々しい鎖を切りたいんじゃないのか」

「それとこれとは別だぜ」

そう、彼らもとある目的でこの町に来たのであった。

「情報屋の言うところによれば、メタリアの外れにある山の麓に目的の魔導師の工房があるらしい」

「シカトかよ。これだから昨日の宿屋の姉ちゃんに『あの人、愛想が無いわ』なんて言われるんだ」

「っ!…そうだな、お前の積極さを見習わないといけないのかもしれないな。何しろ積極的過ぎて距離を置かれたぐらいだしな」

声色まで変えて毒づいたからか、ダンテはすぐに噛み付いて来た。
正に犬猿の仲である。

ちなみにこの後、小一時間程毒の吐き合いが続いた。
とまれ、紆余曲折を経た上で二人は何とか山の麓まで辿り着いたのである。


―2―


二人は、山の麓に佇む立派な工房の前にいた。

「…なあ」

「なんだ」

唐突に始まる会話。しかし、レイザーの口調には先程の口喧嘩の時のような覇気が無い。

「今度こそ、上手くいくと思うか」

「見込みもない場所にわざわざ来るか。だが、毎回必ず何か手違いがあるからな」

「…最初からずっとツイて無いぜ、まったく。大体何でお前なんかと。。。」

「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ。そもそもあの神官がだな…」

「…そうだな。じゃあ、今回も上手くいかなかったらさっきの商店街で観光させてもらうからな」

「…好きにしろ」

そして彼らは、門の中へと消えていった。


異様な空気が立ち込めている、工房内の広い一室。それは魔力と静寂、そして研究に対する集中力が生み出しているのだろう。
ここは、魔導師の弟子達が魔法を開発したり、行使したりするための部屋である。
勿論、攻撃魔法や失敗した魔法のせいで爆発音等がすることもあるのだが、研究を行う彼らは殆ど喋らない。結果として、このような重い空気が生まれるのだ。

しかし、この空気をまったく変質させてしまう程に不躾な声が、鋼製のドア越しに聞こえた。


「おーい。レヴァレッジ・パリスって奴に会いたいんだがー」

厳粛な空気が、一瞬にして敵意の満ちたものに変わる。何と無礼な奴なのだろうか。
弟子の中の一人がドアの方へ進み出て、返事をする。

「パリス様は、書斎の方で読書をされています。どうかお引き取り下さい」

すると、また別の声が聞こえた。

「あー、2週間前に手紙で面会許可を得た者なんだが…名をダンテと言う。すまないが、案内してくれないか?」

室内にいる全員の視線が、既にドアへと向いていた。

「…失礼しました。お客様の方でしたか。では、書斎までご案内させていただきます」

と言って、パリスの一番弟子がドアを開け、その外側へと出て行った。直後、

「失礼なのはどっちだよ…」

「あんな奴らと会って大丈夫なのか?」

などという囁きがどこからともなく聞こえた。
しかしその数秒後、研究室はいつもの風景、空気、そして静寂を取り戻した。


―3―


「着きました。こちらです」

3人は、書斎の入口である、豪華な装飾のされた扉の前にいた。

「手間を取らせて申し訳なかった。感謝する」

「あんがとよ、パリスの弟子君」

「…。では、私はこれにて…」

案内をしたパリスの弟子は、レイザーの方を少し睨み付けてから、長い廊下の向こう側へと消えた。

「…お前、もう少し礼儀というものを弁えたらどうなんだ。呆れられていたぞ」

「うーん、フレンドリーに接したつもりだったんだがな。誰かさんと違って」

「…先が思いやられるな。さあ、入るぞ」

「人前だけ良い子ぶりっこしやがって…」

レイザーの呟きを無視し、ダンテは扉のドアノッカーを鳴らした。

「入るが良い」

低く、唸るような声だった。

「失礼いたします」

ダンテが静かに扉を開け、中へ入る。その後ろから、レイザーも室内へと入った。

直後、異様な“気”が、そしてそれによる眩暈がレイザーを襲いかかった。反射的に身構えはしたものの、レイザーはその正体を直感していた。
邪悪とも、神々しさとも違うそれは、威厳にも、厳粛さにも似たそれは、果たして強大すぎる魔力だったのである。
勿論、魔術師であり、ある程度の魔力への耐性を持つダンテは被害を被ることは無かった。しかし、彼は彼なりに、レイザーと同じようにそのことを感じとっていた。

つまり、レヴァレッジ・パリスは、間違いなく自分達より格上の、強大な、余りに強大な魔術師であることを。

「…あなたが、『メタリアの親』と呼ばれる大魔術師、パリス様ですね」

「社交辞令は言わないでくれ。何もかもが昔の事だ」

「しかし、今でもその魔力は大陸で指十本の内に入ると…」

「分かった、分かった。しかし、老いとは恐ろしいものだ。
そなた達の期待には応えられぬかもしれんが、その辺りは知っておいてくれたまえ」

少し悲しそうな目をして、パリスはそういった。
…ならば、この部屋に満ちている魔力は一体なんだというのだろうか。

「…はい。承知しております」

「よろしい。して…そちらの青年は先程から殆ど喋らないが、大丈夫か?」

「気分悪い。窓を開けrむぐっ」

「(少しは礼儀を弁えたらどうなんだ)」

「(あー、はいはい。全てはダンテ様のおっしゃる通りに)」

「…どうかしたのか?」

「い、いえ…少し気分が悪くて、眩暈が…」

「そうか、それは…いや、言わんでおこう。窓を開けた方が良いかな?」

「ええ、すみませんがお願いします」

「(やれば出来るじゃないか)」

「(…無性にイライラするんだが)」

「それで、依頼内容の『鎖を断って欲しい』というのは…それのことかな?」

そう言って、皺だらけの指が、二人の間の中空を指した。

「…やはり、見えておられましたか」

仲の悪い二人を繋ぎ止めているその鎖は、普通の者には決して見えない。
しかし、今それを見ているのは天地がひっくり返ったとしても「普通」などとは言えない人物なのだ。

「少し目を凝らさないといけないがな。それはどの様な経緯で…?」

「詳しいことは分からないのですが、どうやら神の祝福の類のようです」

「ふむ、それなら今まで何人たりともそれを解くことが出来なかったのにも納得がいくな」

「なら、あんた…じゃなくて、パリス様でも…」

「堅苦しい呼び方はせんで良い。…ふむ、神に関する魔法についてはこの辺りの本に…」

そういってパリスは、腰を上げて目当ての本を探し始めた。
その様子はどこか、図書館のことなら何でも知り尽くしている年配の司書を感じさせるようなものだった。

「(おい)」

「(何だよ。下らないことだったら怒るぜ)」

「(あの顔、何処かの誰かさんに少し似てないか?)」

「(あの神官にか?…少しだけな。って十分下らないじゃねえか)」

「(別に怒るなとは誰も言ってないが)」

「(けっ。いつも調子良く逃げやがって)」

「あったあった。『神代咒術史』。かなり昔に書かれたもので、反魂や運命操作の呪詛が大半なんだが…」

取り出されたのは、いかにもといった風の本だった。
特に豪華な装丁がされている訳でもないが、やはりその厚さには少し圧倒されてしまう程だ。

「…で、その魔法ってのは?」

「うむ。名前を聞けば大体の効果は分かるだろう…『失楽園の呪い』というものだ」

「…すまん、全然わからないんだgってぇ!」

レイザーは、いきなり足を踏まれて飛び上がった。犯人は言うまでもない。

「つまりな、神の名を借りて、神が造ったモノをこの世界から追放、つまり消してしまう魔法なのだよ。
 この魔法によって栄華を極めた神殿都市が一瞬にして消えてしまったという故事も伝えられておる」

「しかし…そのような大掛かりな儀式には代償も必要とされる魔力も…」

「ああ、代償は問題無い。『腹這いの動物の皮』と『穢れなき林檎』だけだそうなのでな。両方ともこの工房の裏にある小さな丘を越えた先の山にあるはずだ。
 魔力も、ここにいる弟子達をかき集めれば足りる。
 一つ注意する点は、自分が神と同化しなければならないということだけだ」

「…よろしいんですか。たかが一つの依頼に、そのような手間を頂いても」

「構わんでよい。私は既に第一線を退いた身。老いて朽ち果てる前に、せめて人の役に立っておこうと思ってな」

その姿は、少しばかり荒んだ人生を歩んできた二人には、どこか神々しく見えた。
そして同時に、ある種の既視感のようなものが脳裏を掠めたのだった。


―4―


二人の若者がこの部屋から出ていって数分後、私は一人の弟子を呼び付けた。

「お呼びでしょうか、パリス様」

「ああ。研究室内にいる者達に、こう伝えてくれないか。
 『明日の正午、失楽園の呪いの儀式を始める』と」

「そんな大々的な魔術を何故…ああ、あの二人が対象ですか」

私の弟子には、既に私が持てる知識と技術を全て注ぎ込んである。
師の言うことを全て理解出来ない者には、ここにいる資格はないのだ。

「何故あのような余所者に…そこまでなさるのですか。そのようなご無理はなさらず少しはご自愛くださいませ」

「彼らは私に、正式に依頼してきた。そして私がそれを受けた。それだけのことだ」

「…まだ、あの子達のことを気にかけておられるのですか?」

弟子の視線が、冷たさと憐れみを帯びたそれが、私に向けられる。

「あれは…パリス様に落ち度はなかったはず。いつまでも気に病まれてはお身体にも障ります」

「違う…そのことは関係無い」

「全てはあの戦争のせいだったんです。死んでしまった人間のことを今更…」

「違うと言っているだろう!」

確かに私の口から発せられたはずのその怒号は、別の誰かが大声で叫んだように聞こえた。
そして同時に、机を叩いて出るような音が、部屋中に響いた。

「…すいません。言葉が過ぎました」

「…」

「では、他の弟子達にはしっかりと伝えておきますので…」

「…そうだ、それともう一つ用件がある」

「はい、何でしょうか」

「例の薬を、持ってきてくれないか」


「な、何だよこれ…聞いてないぞ…」

「…とりあえず、片っ端から蹴散らしていくしかなさそうだな」

パリスの工房を出て裏山へ向かった二人は、山の中腹で立ち往生していた。
即ち、何十、何百もの蛇の大群に囲まれたのである。


数分前。
彼らは儀式の代償となるものを探し求めていた。

「なあ、ダンテ。林檎ってのは分かるんだがこの『腹這いの動物の皮』ってのは何なんだ」

「…お前、大丈夫か?蛇以外に腹這いで移動する動物が何処にいると思っているんだ」

「北の方。アザラシとか」

「それで、それはこの山にいるのか?」

「一々五月蝿いなお前…いるかもしれねえじゃねえかよ!」

「ふん、子供じみているな」

「言ってろ無愛想男」

そのようにいつものやり取りを繰り返していると、やがて一匹の小さい蛇が飛び出してきた。

「…こんなちっこいのでも良いのか?」

「念のため多めに用意した方が良いかもな」

「まあ、それはそうだな。よし、蛇の住み処を探すか」

レイザーが小さな蛇を足で追い立てる。
二人は、蛇が逃げる方向へ進んで行った。


「くっそ…何で一斉にこんな数が出てくるんだよ…」

「過ぎたことを悔やんでも仕方ないだろう。俺はこっちを片付けるから、お前はその辺で縮こまってろ」

「…何言ってんだ。お前一人でこの大群を蹴散らせる訳ないだろ?」

「言ってろ無礼男」

その言葉を皮切りに、二人が蛇との戦いを始める。
とは言っても、いくら大群でも蛇は蛇。かたやレイザーに切り払われ、かたやダンテに吹き飛ばされるという、一方的な狩りでしかなかった。
しかし、蛇も黙って(元々喋らないが)魔術の生贄になるわけではなかった。

「…くそっ。こいつら、毒持ってやがる」

「せいぜい噛まれないように気を付けるんだなっ」

窮鼠猫を噛む、とは一体誰が作った諺なのだろう。
ともかく、蛇達は必死に二人の喉元を食い破ろうとした。


そして、しばらく経った。
二人の前に、動かなくなった蛇が累々と積まれている。

「…終わったか。しぶとい奴らだったぜ」

「全くだ。…さて、儀式は明日の正午だ。林檎は明日の朝にでも探せばいいだろう」

空を見ると、今まさに夕日が沈もうとしているところだった。

「…ここで野宿かよ。久々にベッドで寝れそうだと思ったのによ」

「蛇を追って随分深くまで潜ってしまったからな。まあ、一人で帰れるようならそうしてもいいが」

「それはどっちの意味だ?」

「お前の方向感覚など当てにならん、という意味だ」

「ふんっ、そっちだってどーだか。大体この前も―――」

と、二人はいつまでも喧嘩していたのだった。


―5―


太陽は、まだ天頂に達していない。
朝早く起きて首尾良く林檎を手に入れた二人は、麓を目指して下山していた。

「…そういえばお前、昨日あの部屋で眩暈を感じたと言ったな?」

「あの爺さんの書斎でだろ。確かに感じたな。あれはあいつの魔力のせいなんだろ?」

「いや…そうなんだが。どうにも腑に落ちなくてな…」

「早く言えよ」

「…本当に力の強い魔術師なら、自分から発せられる魔力ぐらいコントロール出来るはずなんだ。あそこまで強い魔力を感じることは、そうそうない」

「…威嚇ってことか?」

「鋭いな。その可能性も十分有り得る」

「でも、敵意は感じなかったしなあ。何と言うか、もやもやとした空気だったぜ」

「…もやもや、か。言葉を変えるなら鋭さがない…とすると、目的を持って発せられたものではなく…」

「おい、何ブツブツ言ってるんだ。先行くぜ」

やがて、森に影を落としていた木々が二人の視界から消え去った。
丘の上から見下ろした中庭――勿論、パリスの館の敷地内にあるものである――には、既に巨大な魔法陣が組まれていた。

「…ほう、よく時間内に帰って来れたものだ。あの山に住む蛇は狂暴だったろう」

弟子達へ指示を出していたパリスは、二人の姿を確認するとさも可笑しそうにそう言った。

「てめえ、知ってたのか!?」

「こう見えても若い頃には無茶をしたものだ。それに、冒険には少しくらいの危険が付き物。そう思わないか、青年よ」

レイザーは返答をせず、黙って巨大な魔法陣を見ていた。

「さて、それでは祝福されし果実と忌み嫌われし動物を、儀式に捧げよう。二人とも、そこの小円に一人ずつ立ちなさい」

二人は、魔法陣の中心へと移動した。瞬間、強大な力がその体を包み込む。それは、レイザーだけではなくダンテですら気分を害する程のものだった。

「パリス様、準備が整いました」

「上々だ。ではさっそく儀式を……っ」

パリスの言葉は、そこで途絶えた。次の瞬間、彼の老体は石造りの地面へと倒れ伏していた。
慌てふためく弟子達を尻目に、ダンテとレイザーは苦い表情で互いに顔を見合わせた。


レイザー達、パリス、そしてその一番弟子は、普段館の主以外入ることの敵わない寝室に移動していた。
しかしパリスの意識は無く、ただベッドの上で苦しそうに呼吸するのみである。

「パリス様は数年前からある奇病に侵されており、毎日薬を服用し続けていたのですが…」

「…今日に限ってそれを忘れた、ということか」

「全く、弟子にまで準備させてた癖に傍迷惑な爺さんだな」

「私から、お詫び申し上げます。ところで、その奇病なのですが…」

「魔力が体外に漏れる病、なんてことはないよなあ?」

「…その通りです」

「おいおい…冗談のつもりだったのに、マジか?」

「つまり、昨日お前が感じた魔力はその病のせいということか」

レイザーは当てずっぽうが当たったことに半ば驚き、ダンテは一人納得していた。

「しかし、魔力が漏れるだけでこんなに衰弱するものなのか?」

「本来、魔力とは全ての人間に宿っているものです。具体的に言うと、体内の“力”を総称した呼び方ですね。
魔法使いはそれを消費しているだけなので、魔力の欠乏は気力、精神力、そして病に対する抵抗力の低下に繋がります」

「なるほどねー。こいつと違って君の解説は分かりやすくていいな」

「お前の理解力が足らんだけだ」

二人は病人の傍でもお構いなしに言い争いを始める。
蚊帳の外となったパリスの弟子は、二人がまともに話を聞ける内に話すべきことを話しておこうと思った。

「あの、すいません。お二人に聞いて頂きたいことがあります」

二人の視線が、彼へと向けられる。

「パリス様が、あなた方を助けようとする理由です」


―6―


「昔、この地で内戦があったのはご存知ですね?」

「ああ。知ってるも何も俺達もその被害者だ。詳しく覚えちゃいないけどな」

「そうでしたか。あれは大陸全土を巻き込んだおぞましいものでした…。勿論、このメタリアも戦火を被りました。
 そして、いよいよ目に見えて被害が多くなってきた時、この都市の術者会議で
 「メタリアに住む全ての魔導師は住民を保護すべき」と言う方針が出されたのです」

「つまり、あんたのお師匠さんもそれに参加したと」

「ええ。パリス様は当時術者会議の副議長でしたから、御自身で決められたも同然です。
 …それから、急遽この屋敷を本部として大規模な保護活動が始まったのです。
 負傷した人達をここで治療したり、焼き尽くされそうになる町の火を消し止めたりと。
 時には、兵士達と直接一戦を交えることもあったと伝え聞いております。
 しかしある時、屋敷で保護していた幼い兄弟が、門番の不注意で外へと飛び出して行ったのです。町は、正に業火に呑まれんとする真っ最中でした」

「…よくある話だな。大方、両親を探しにとかそんな所だろう」

「ええ、おそらくは。そして、その時たまたま手の空いていたパリス様が追いかけることとなったのです。
 二人は、そう遠くへは行っていませんでした。燃え盛る炎の中に、ぽつんと立っていたそうです」

「それで、どうなったんだ!?」

「それを見付けたパリス様が二人に駆け寄ろうとしたのですが…。上空から敵の魔導師が追撃を放ち、二つの人影は…炎の中に消えた、と。
 私が伝え聞いているのはそこまでです…」

僅かに、沈黙が走る。
しかし、それはすぐに破られた。

「…つまり、パリス師は俺たちがその二人なのではないかと思っている訳か」

「そのようです」

「まさか…本当にんな事があるってのか…?」

「頭では違うと分かっていても、そう思い込もうとすることだってある。つまりは過去の残影に捕らわれているんだろう」


「いいや、私は過去の自分に束縛されているわけではない」

寝ていたはずのパリスが、いつの間にか起き上がっていた。

「パリス様、安静にしてくださらないと…」

「構わん、どうせ長くない。…しかしな、あのことだけは、どうしても償わなければならないのだよ。
 私は、年端も行かない子供達を、見捨てたも同然なのだからね」

「…その償う相手が、まったく関係の無い別人だったとしても?」

ダンテが鋭く切り返す。しかし、老いた魔導師は黙り込むこともなくこう言った。

「私はそれでも構わないと思っている」

「…そうか」


―7―


やり取りを終えた後、パリスがおもむろにベッドから出た。

「さて…私もこの通り回復したことだし、中断してしまった儀式をやり直すことにしよう。異論は無いな?」

その視線は主に彼の弟子の方へ向けられていた。急に意見を求められて怯んだのか、弟子は慌てて頷きかえした。
しかし、

「俺は反対だ」

「へー、珍しいな。俺もちょうどそう言おうと思っていたところだ」

儀式を受ける立場にある二人が反対の意見を示した。

「…何故だ?そもそも君達の依頼であろう?」

「確かにそりゃそうだが…爺さん、あんた、この儀式は出来ないだろ」

「どうして、そう言い切れるんだね?」

「どうして、っていうか…俺は勘だけで判断したからな」

レイザーが、ちらりとダンテの方を見た。

「…仕方ないな。まず、一つ目の理由。あんたは高齢すぎる」

「言ったはずだ。どうあっても償いはする、と」

「二つ目。あんたの病気の特性から言っても、この魔術は相当に難しい」

「そうかも知れんな。しかし、それが私に出来る償いだ」

「そう。ここまでは、あんたの覚悟と技術でどうにでもなる問題だ。
 しかし、まだ三つ目の問題がある」

「…」


「あんたは、神と同化することは出来ない」


「何を言い出すかと思えば…それは神の決めることだ」

「研究者のあんたなら分かるはずだが、神というのはそもそも人間を遥かに超越した存在だ。
 人間の情に縛られてるあんたに、そのようなものと同化することが出来ると?」

「…私が、いつ情に縛られていたというのだ」

ここまでダンテの独演だったせいか、レイザーは口を挟まなかった。
しかし、情だの何だのという話題になると話は別だ。案の定、すぐに彼は口を出してきた。

「あの日からずっとだ。爺さんは、その子供達に、それを見殺しにした自分に縛られているのさ」

「そんなことはない。私はただ、償いをしたいだけだ」

「…相手は誰でも良いんだろ?」

「そういうと語弊がある気がするが…まあ大体そういうことだ。あの子らへの償いが出来ればそれで良い」

「爺さん、よく聞けよ」

レイザーは、大きく息を吸い込み、こう言い放った。


「世間じゃそれを、自己満足って言うんだぜ」


―8―


二人は、既にメタリアを出発し、遠く離れた次の目的地を目指していた。

「…もしかしたら」

「何だ?」

「あの爺さんなら鎖を切れたかもな」

「かもしれないな。神話がもし事実であるならば、神とて情はあるはずだ」

「…」

「…だが、あいつはどうにも気に食わない。違うか?」

「違うもんか。死んだガキ共と混同されるのはごめんだぜ」

「まったく…もう少し言葉を選んだらどうだ」

「死んだガキは死んだガキだ。過去に縛られたらあの爺さんみたくなっちまう」

「…そう、かもな。所詮過去は過去だ、お前の言葉にしては一理ある。」

「だろだろ?もっと褒めろよ」

「…調子に乗るなよ」



二人が本当にパリスの償うべき子供達であったかは知る由もない。
ただ一つ確かなことは、二人の旅はまだまだ続くという事だけだ。



To be continued...
(2008.09.11 j)

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