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Goddemn! ―とある喫茶店にて―


B.G.M. プロローグ 素材提供元:beyond
BGMファイルが再生できませんでした



─1─


東の地のとある喫茶店。
イージーリスニングが流れ、数人の客が寛いでいる。
街の喧騒から離れ、身体も心も休める空間、それが喫茶店…のはずなのだが。
コーヒーを淹れている私に、一人の女性店員が話しかけてきた。

「…マスター、今日も給料もらえないんですか?」

そうなのだ。この喫茶店には歴史があり、自分で三代目となるのだが、
ここのところ売り上げが伸び悩んでいた。
店主である自分の生活も苦しいあまりか、先程彼女が言ったように
スタッフへの給料の支払いもままならない状況である。

「ああ。後少しだけ待ってくれないか?もう少しで払えるだろうから」

「えー。これで一週間延びてますよー」

「まあまあ。マスターが自分の生活費切り詰めてるの、知ってるだろ?」

と、私を庇ってくれたのはもう一人の男性店員である。
この喫茶店のスタッフはこれで全員、新しく増やす余裕などない。

ぶー、と文句を垂れつつ引き下がった彼女は、皿を洗う作業に戻った。

「済まないね、いつもいつも」

「いえいえ。この仕事が一番自分に合っているんでね。
 この喫茶店には潰れて欲しくないんですよ」

そう言って、彼は私が淹れたコーヒーを客の所へ運びに行った。

今でこそ経営は厳しいが、昔はそんな些事など気にしていなかった。
この仕事は子供の頃からの夢だったのだ。
父親が喫茶店で働いているのをずっと隣で見ていた私は、
いつか父親のようになりたいと願ったものだ。
その熱意があったからこそ、ここまで来れたのだと思う。
最初は毎日が緊張の連続で、仕事に慣れてやっと常連客が増えるようになった。
今ではその常連も近くに出来た新しい喫茶店へ流れてしまったが。

そんなことを回想しつつ、私はドアに付けたベルが鳴るのを聞き、
新しい客に挨拶をしようとし、驚いた。



─2─


とても「喫茶店」には似つかわしくない二人の若者が、並んで入ってきたからだ。

一人は見るからにかっこつけた感じがする赤毛の若者。
剣を持っているので恐らく剣士なのだろう。
もう一人は赤毛の方とは正反対の雰囲気を醸し出している黒髪の若者。
腰に下げた袋から十字架がはみ出ている。

二人は何やら険悪なムードで入ってきた後、椅子に座った。
余りにも珍しい若い客であることと、その二人から発散されるエネルギーに
従業員一同唖然としていたのだが、やがて女性店員が注文を取りに行った。

「えっと…ご注文は?」

すると、赤毛の若者の表情がすぐに和らぐ。
ははあ、こいつは女好きなんだろう。実に分かりやすい。

「ミルクティー、砂糖多めでよろしくー」

「砂糖の増量は20ゴールドの追加料金となりますが、宜しいですか?」

「ああ、全然オッケー」

「…あのー、そちらの方は?」

「………」

無言。しばらく(と言っても十秒ぐらいだろう)時間が流れた後、ようやく

「…ブラックコーヒー」

と呟いた。


「マスター、あの人達って大丈夫ですかね?何か黒いのが出てるんですけど」

「ああ、大丈夫だろ。パッと見た感じ、普通の剣士と普通の魔法使いだし」

私の代わりにもう一人の店員が答えた。それにしても…

「なあ、剣士は分かるんだが、魔法使いってどういうことだ?」

「…気付かないんですか?腰の袋から十字架がはみ出してるんですよ。
 神殿の方かもしれないんですけど、そうは見えませんし」

ははあ。

「へー。やるじゃないですか、先輩」

「さあ、あんまり噂をしていると客に失礼だからな。そろそろ仕事に戻るぞ。
 怒らせて火球やら氷柱やら飛ばされても厄介だしな」

そう、剣士も魔法使いも、この世界では努力次第で誰でもなれる「職業」となっている。
…と言ってもこの世界以外の世界を私は知らないのだが。
噂では、「この世界は箱庭であり、神はそれを観察する存在だ」という意見もある。
流行りに流されてそんな本を買ってみたこともあったが、全く理解できなかった。
兎に角、私が「この世界」と言ったのはそんな理由からである。


考えるのを止めると、赤毛と黒髪が話しているのが目に入った。
先程まで漂っていた喧嘩腰のオーラはどこへやら、普通の友達の様に話してい(る様に見え)た。
恐らく赤毛の方が機嫌を直したのだろう。
すると、(元より赤毛の声が大きかったのである程度は聞こえていたのだが)
こんな会話が聞こえてきた。
黒髪の方の言葉は少し小さかったが。

「…次の目的地はどこなんだ?」

「この町を東に出て、町三つと森一つを抜けた所だ」

「で?期待できんのか?そいつ」

「金は相当取るらしいがな」

「で、今残っている資金はどのぐらいなんだ?」

「ざっと見積もって110万ゴールド程度だ。お前が無駄遣いさえしなければ、だが」

その言葉に、喫茶店にいた誰もが―――店員、客、そして勿論私も
―――その金額に凍りついた。
この店のブラックコーヒーの値段が250ゴールドなのである。
110万ゴールドもあれば数年は働かなくて済むだろうし、相当好き勝手出来るだろう。
無論、私も喉から手が出るほど欲しい。

「誰が無駄遣いなんかするかよ。けど、その程度じゃ報酬が出せるかどうかだな」

「足りないなら稼ぐだけだ。お前なら女に貢がせるくらい造作もないんじゃないのか」

「ばっか、誰がかわいいかわいい女の子にそんな真似させるかってーの!」

「…それで、いつ頃この町を出るんだ?」

「ここのウェイトレスの子もイケてるけど、まあ長居する理由もないな。今夜辺り出ようぜ」

話が変わってきたので、他の客は興味を失ったようだ。
しばらくして、二人組はミルクティーとコーヒーの代金520ゴールドを払い店を出ていった。
しかし、私の頭の中では、110万ゴ−ルドという言葉が回っていて、仕事が手につかなかった。



―3―


夜。寂れた喫茶店で思わぬ話を聞いた私は、すぐに町の盗賊団に会いに行った。
情報を提供し、その分け前を貰うことが出来る。
が、普通の人間はこのような裏の者達と関わることは無い。
私のように限られた人間、裏の世界と交流を持つ者のみが、彼らと接触することが出来る。
…が、実際はただ単に私が盗賊団の団長の旧友というだけである。
何度か匿ってやったりと、その程度のことしかしていない。

「で、その情報は間違いないのか?」

「ああ。本人達が話しているのを聞いたからな。東の方向に町を出て行くとも言っていた」

この町から出るには、東西にある門を利用しなければならない。
勿論、許可無く出入りすれば罰金だ。

「よし、他の団員呼んでくるから、そのまま待ってな」

そう言われ、私はおとなしく待っていた。


数分後、友人が戻ってきた。
その後ろには、いかにもと言うような悪人面の男達が十数名。
―――そういえばあの黒髪の若者も悪人面だった。
もしかするとこいつらと同業者なのかもしれない。

「これだけいれば十分だろ。さ、門の外へ待ち伏せに行くぞ!」

オー、と他の団員の声が重なる。

「お前も来いよ。標的を間違えたら元も子もねえ」

「…分かったよ」

私は渋々承諾した。


しばらくすると、暗い夜道を二人の若者が歩いていた。
少々見難いのだが、幸い赤毛が目印になった。
それを視認した私は、

「あれが例の二人組だ」

と言った。
ここは町の門の外であり、私達は道の脇に植えられた木の陰に隠れている。

「…見たところ、剣士と魔術師ってところか?」

「ああ、恐らく」

私はこの男の観察眼に驚いた。

「…さあ、行くぞ」

彼は団員達に合図し、次の瞬間、道へと飛び出した。
そして―――闇夜に一筋の光が閃いた。



―4―


団員の内、三人が肩から血を流し倒れた。
私は、木の陰に隠れたままその光景を見ていた。
肩を押さえうずくまっている団員達の先には、
案の定、赤毛の剣士が剣を振るったそのままの体勢で立っていた。

「…なかなかやるなぁ。なら、手加減はしないぜ!」

そう言って、懐からナイフを次々と取り出し、赤毛に投げつける。
それらは鮮やかな軌道を描き赤毛に向かうが、剣で弾き飛ばされた。

「…お前もな。少なくとも、そこらの奇術師よりは上手いみたいだな!」

「どういたしまして、だ」

一進一退の攻防が始まる。
大量のナイフが赤毛に突き刺さるかと思えば、
鋭く繰り出される剣の一振りが盗賊の頭の上を掠める。
剣がナイフを投げようとする手を切ったかと思えば、
放たれたナイフが赤毛の肩を切り裂く。
私とその他の盗賊団員は、
仲間が数人やられたと言うのにすっかり観戦ムードである。

が、それも長くは続かなかった。
赤毛は余裕のある表情をしているのに対し、盗賊の団長はその厳つい顔に疲れを見せ始めている。
これはどうしたことか…と、赤毛の後方を見ていると、
この戦いを傍観していただけの様に見えた黒髪が、何やらブツブツと唱えている。

―――なるほど、と私は得心した。
恐らく黒髪の魔法が赤毛を補助していたのだろう。

ナイフを拾っては投げている盗賊の団長もそれに気付いたようだ。

「二人がかりってのはちいと卑怯なんじゃないか?」

「こんな夜に不意打ち仕掛けといて何言ってるんだか」


そんなやり取りから少し経ち、赤毛の剣士が盗賊の下へ詰め寄った。
団長が必死にナイフを投げ応戦しようとするも間に合わず―――彼の腕から鮮血が迸った。

完全にナイフ投げを封じられた彼は、小さく舌打ちした後

「…撤退だ」

と呟いた。



―5―


団員達が、慌てて町の反対側の闇夜へと消えていった。
私も「そろそろ潮時だろう、次はもっと腕利きの盗賊に…」等と考えながら逃げようとしたのだが、

「…そこの性悪。出てきてもらおうか」

運悪く黒髪の魔術師に見つかってしまった。

「あの盗賊達を差し向けたのはお前だろう」

いきなり真実を突かれ、黙り込んでいる私に、

「…あれ、こいつあの時喫茶店にいた客じゃねーのか?」

と、赤毛が能天気に言った。

「ああ、恐らく会話を盗み聞きしてたんだろうな」

「…その通りだ。まさかあんな店で儲け話を聞くことになるとは思わなかったけどな」

私は素直に自白することにした。
黙っていてもこちらの分が悪くなるだけだ。

「…で、こいつどうするんだ?」

「どうでもいいだろ」

「…」

「それもそうだな。じゃあ…」

「じゃあ?」

「有り金置いてとっとと失せな?」

赤毛が意地の悪い笑みを浮かべた。



―6―


太陽が顔を出し始めた頃、若者二人が林道を歩いていた。

「…っつーかお前、何で補助魔法なんか使ってんだよ。俺一人で楽勝だろ、あんなレベルの奴ら」

「息を切らせてナイフを食らったのは誰だ。第一、お前が倒れて俺まで斬られる羽目になるのは御免だ」

「ッ…!!」

「そんなことはどうでもいい。あいつから奪った金はどうしたんだ?」

「ああ、あれは必要そうな所に置いてきた。いやあ、良い行いをした朝ってのは気分がいいな!」

「お前…この旅にどれだけ金が必要だと…!」

「…そんなに金に執着するんじゃねーよ、貧乏性」

「…これまでお前がどれだけ無駄に女に貢いだと思ってる、このヒモ剣士が…!!」

「何だ?やるのか?」

「上等だ!」

その後、「林から煙が出ている」との通報があり、
王国警備隊は放火事件とみて調査を進めているそうだ。



そして、赤毛の置いてきたお金はと言うと。


―――喫茶店の入り口に、ひっそりと置かれているのであった。



To be continued...
(2008.06.17 j)

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